福岡地方裁判所 昭和36年(行)22号 判決 1963年11月22日
原告 大牟田運送株式会社
被告 福岡県地方労働委員会
主文
被告が申立人大牟田地区合同労働組合、被申立人原告間の福岡県地方労働委員会昭和三五年(不)第四号事件について、昭和三六年一〇月二三日付でなした命令のうち、「一、被申立人会社は、緒方次義に対して為した昭和三五年一月一〇日付解雇を取消し、原職に復帰させるとともに解雇後原職復帰まで、原職にあつたと同様の給与相当額を支給しなければならない。」との部分は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
原告は、主文と同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
(一) 被告は、申立人大牟田地区合同労働組合、被申立人原告間の福岡県地方労働委員会昭和三五年(不)第四号事件について、昭和三六年一〇月二三日付で、「一、被申立人会社は、緒方次義に対して為した昭和三五年一月一〇日付解雇を取消し、原職に復帰させるとともに解雇後原職復帰まで、原職にあつたと同様の給与相当額を支給しなければならない。二、申立人組合のその余の申立は、これを棄却する。」との命令を発し、右命令書写は、同年一一月四日原告に交付された。
(二) しかし、右命令の第一項(以下本件命令という)は、事実の認定を誤つてなされたものであるから、違法である。即ち、
(1) 原告は、貨物の運送等を業としているものであるが、昭和二六年三月二六日以来、本件命令掲記の訴外緒方次義を現場作業員として雇入れ、勤務せしめていた。
(2) ところで、昭和三五年一月九日付で、右訴外人から原告宛に退職願が提出されたため、原告は、翌一〇日これを承認し同月一三日右承認の通告が同訴外人に到達した。
(3) ところが、右訴外人は、同月二九日に至り、右退職願の取下書を原告に提出したが、原告がこれを容認しなかつたので、同訴外人の所属する大牟田地区合同労働組合は、原告は労働組合法第七条第一号に違反して同訴外人を解雇したものであるとして、被告に対し、同法第二七条に則り救済の申立をした。
そこで、被告は、右申立に対し、これを福岡県地方労働委員会昭和三五年(不)第四号事件として調査、審問を行ない、その結果、右労働組合の主張を容れて本件命令を発したものである。
(4) しかしながら、右訴外人は、前記のとおり、原告との解雇契約を合意解約したものであつて、原告において解雇したものではない。
本件命令は、この点における事実の誤認に基くものであるから、違法たるを免れず、本訴においてその取消しを求める。
二、被告の答弁並びに主張
(一) 請求原因(一)、(二)の(1)ないし(3)の各事実はすべて認める。しかし、訴外緒方次義と原告間の雇傭契約が、合意解約となつたとの主張は争う。
(二) 本件命令は、原告主張の如き事実誤認に基くものではなく、適法なものである。即ち、
(1) 昭和三五年一月一日、右訴外人は、原告会社の社長並びに幹部宅に年始廻りをしたが、その際、偶々軽微な非行をなした。右非行が懲戒解雇の事由に該当しないのにも拘らず、原告は、これを捉えて懲戒委員会を招集し、同訴外人についての懲戒処分の可否及びその内容を諮問し、もつて懲戒解雇は必至であるとの状勢を示し、同訴外人をして、懲戒解雇になれば退職金も貰えなくなることを恐れるの結果、真意でない退職願を提出するのやむなきに至らしめ、結局依願退職名下に同訴外人を解雇したものである。
(2) 右解雇は、原告において、かねて右訴外人の正当なる組合活動を嫌忌していたためなされたものである。即ち、同訴外人は、原告方に就職と同時に大牟田運送労働組合に加入し、昭和三二年四月同労働組合が解散となるや、直ちに大牟田地区合同労働組合に加入、その大牟田運送支部に所属し、本部及び支部代議員並びに支部職場委員として、右解雇に至るまで終始熱心な組合活動を行なつてきた。その事例としては、(イ)職場委員として、賃金、労働条件等につき、原告方の担当係長と熱心に交渉し、組合側の要求を実現させたことが多かつた。(ロ)昭和三二年八月、夏期手当要求のストライキの際、行動隊長としてピケットの先頭に立つて斗争し、代議員会においても積極的且つ活発な発言をした。(ハ)昭和三四年一二月年末手当要求の交渉に際し、支部執行部が原告の案を受け入れる意見であつたのに対し、支部代議員会において原告会社の経営は黒字であるのに会社側では赤字であるように見せるのに苦労している事実を暴露して、右執行部の意見に強く反対し、同年の年末手当の増額に尽力した。このことは直ちに原告の知るところとなり、同訴外人の年末手当は、同年に限り同僚より少なかつた。(ニ)昭和三四年六月頃、三井化学大牟田工業所で稼動していた原告会社の臨時従業員に対し、組合加入を勧誘した。このことも原告の知るところとなり、原告会社幹部から営業妨害だと叱責された。(ホ)昭和三四年の三池争議の際、原告は三池の会社側を応援し、原告会社従業員を勤務時間中使用して右争議反対のビラ貼りをさせ、これに対する賃金は同訴外人らの職場の仕事の出来高から支払つた事実があるが、同訴外人は、このことについて、原告に対し激しく抗議し、ビラ貼りをした者に対する賃金は別途支払わせた等である。同訴外人の右のような正当な組合活動は、勿論原告の嫌忌するところとなり、右解雇は、その故になされたものである。
(3) よつて、原告の右訴外人に対する行為は、労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為であつて、この判断に基く本件命令には、何らの事実誤認はなく、適法なものである。
三、被告の主張に対する原告の答弁等
(一) 訴外緒方次義の原告に対する退職願提出の経緯は次のとおりであつて、被告主張のように不本意になされたものではない。即ち、
(1) 右訴外人は、昭和三五年一月一日、就業時間中過度に飲酒し、同僚の島田恒美と共に、年賀郵便運搬のため待機させてあつた原告所有の貨物自動車を無断で持出し、私用に供したが、これ以前の過去数カ月間にも、同訴外人には職場規律の紊乱及び正常な業務の遂行を阻害する行為が度々あつたため、原告は、懲戒委員会を招集し、同訴外人に対する懲戒処分の可否及びその内容を諮問した。
(2) 懲戒委員会は、同年一月八、九の両日にわたつて会議を開き、多数決をもつて、右訴外人を懲戒解雇するのが相当であるとの決議をなし、その旨の原告宛答申をなした。
(3) しかし、原告において、未だ懲戒解雇の発令に至らないうちに、同月一〇日、右訴外人から退職願が提出されるに至つたものであつて、原告は、右退職願提出について、これを強要したとか、あるいは、懲戒解雇の意思を表明する等これに類する行為は一切なしておらず、右退職願の提出は、全く本人の自由意思によつたものである。
(二) なお、右訴外人は、組合の役員の経歴は全然なく、末端の組合活動を多少していたにすぎないので、原告としては、同訴外人の組合活動について注目する程のことはなく、ましてこれを目の仇にしたり、嫌忌した事実はない。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、訴外緒方次義は、昭和二六年三月二六日以来、貨物の運送等を業としている原告に雇われ、現場作業員として勤務していたものであること、昭和三五年一月、原告は、同訴外人に懲戒事由ありとして懲戒委員会に諮問したこと、同年一月九日付で、同訴外人から原告宛に退職願が提出され、原告は翌一〇日これを承認し、同月一三日右承認の通告が同訴外人に到達したこと、同訴外人が加盟している大牟田地区合同労働組合が、原告は労働組合法第七条第一号に違反して同訴外人を解雇したものと主張して、被告に対し、同法第二七条による救済の申立をしたところ、被告は、これを福岡県地方労働委員会(不)第四号事件として調査、審問を行ない、右労働組合の主張を容れて本件命令を発したものであることは、当事者間に争いがない。
二、被告は、右訴外人の退職願は真意に基づいたものではなく、依願退職というけれども、その実は、それに藉口した原告の解雇処分であると主張するので、先ずこの点について判断する。
成立に争いのない甲第一、第二号証、原本の存在及びその成立に争いのない乙第三三、第三四号証と証人松尾満、同出山勝正、同森田政雄、同柴田勝、同緒方次義の各証言並びに原告代表者の尋問の結果を綜合して考えると、右退職願提出の経緯は、次の(一)、(二)のとおりであると認めることができる。
(一) 原告は、前記のとおり、昭和三五年一月、右訴外人に懲戒事由ありとして、懲戒委員会に諮問した。ところで、右懲戒事由として付議された事実は、同訴外人は、同月一日、執務時間中であるにも拘らず過度に飲酒した上、同僚の島田恒美と共同して、年賀郵便運搬のため待機させてあつた原告所有の貨物自動車を無断で持出し、私用に供したというものであつたが、これを討議中、それ以前にも同訴外人には、(イ)トラック助手として遠方に出向いたとき、途中で休むことを運転手に強請する。(ロ)市内の運送作業の際にも、右同様のことがよくある。仕事が早めに終つたときは、必らず配達先で時間を浪費する。(ハ)遠方に出向いたとき、運転手に対し、免許証も有しないのに、練習のためと称して自己に運転させるよう強請する。(ニ)勤務中、会社の車に自己の家族を乗せて、それを私用に供した。(ホ)仕事上保管していた他からの借用物であるパイプを、無断で売却して代金を着服した等の事実があつたとして、新たに議題となつた。
懲戒委員会の構成員は、原告会社代表五名、原告会社職員組合代表三名及び大牟田地区合同労働組合大牟田運送支部代表(以下支部代表という)三名の合計一一名であつたが、同月八、九の両日にわたる審理及び討議の後、引続いて、同訴外人に対する懲戒処分の内容につき各懲戒委員の意見を徴したところ、謹慎処分を相当とする者四名、原告会社の役員室の決定あるまで出勤停止とするのを相当とする者一名、即時懲戒解雇すべきであるとする者六名という結果を得た。そして、その旨の答申は翌一〇日原告宛になされた。
(二) 同月九日懲戒委員会で右のような結果がでた後、即日、支部代表懲戒委員であり当時同支部長であつた松尾満は、右訴外人に対して懲戒委員会の右結果を知らせるとともに、その夜、同僚のよしみで、同じく支部代表懲戒委員であつて当時同支部書記長であつた出山勝正と語らい、原告会社々長古賀栄一宅を訪問して、同訴外人のため、懲戒解雇だけは避けてくれるよう嘆願した。しかし、同社長は、職場規律の厳正なる維持を目指している旨述べてその諾否を明かにしなかつたため、翌一〇日午前中、右出山はその由を同訴外人に伝えた。同訴外人は懲戒解雇になれば退職金を受領できなくなることを慮つた結果、同日直ちに、一月九日付で、「一身上の都合に依り退職致し度いと存じますので、御許可下さいます様御願い致します。」との書面による退職願を、原告宛提出し、原告もこれに応じて、同日、「願に依り作業員を解く。退職慰労金一七、五三六円を給する。」との発令をなしてこれを承認し、同月一三日、その通告が同訴外人に到達したものである。
乙第二〇号証、第六八号証の二の各記載及び証人緒方次義の証言のうち、以上の認定に反する部分は採用することができない。その他右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上(一)、(二)の事実によれば、同訴外人の退職願の提出は、真意に出たものであることが明らかであり、これを承認した原告の措置を、依願退職に藉口した解雇であるとする被告の前記主張は、当を得ない。結局、同訴外人と原告との雇傭契約は、原告の右承認の通告が同訴外人に到達した一月一三日をもつて、合意解約されたものというべきである。
三、したがつて、右訴外人に対する解雇があつたことを前提とする本件命令は、事実の誤認に基づくものであつて、違法なものであるといわねばならない。
ところで、右命令のうち、原告に対し、同訴外人に対する解雇の取消しを命じた部分は、とうてい取消しを免れないが、その余の、同訴外人を原職に復帰させること及び給与の支給を命じた部分については、雇傭契約の合意解約についても不当労働行為であるとの評価をなす余地があることに鑑み、なお若干の考察を必要とする。
思うに、合意解約が単なる形式ないしは名目だけのものではなく、前記認定のとおり当事者双方に解約についての真意が存在する本件のような場合においては、それについて不当労働行為なる評価をするためには、少なくとも先ず、使用者の不当な働きかけ、その他これに類する使用者からの強い影響の下に、使用者の不当労働行為という不法な意図が表示され又は合意の目的とせられ、且つ、その結果として合意解約がなされた場合であることが必要であると考えられる。
これを本件についてみると、同訴外人の退職願提出の経緯は、前記認定のとおりであるところ、前掲各証言を綜合すれば、懲戒委員会において討議された懲戒事由としての事実のうち、当初原告から付議された昭和三五年一月一日の事件については、同日同訴外人も前記島田恒美も共に勤務時間中、飲酒しかなり酔つていたこと、右状況下で右島田が年賀郵便運搬のため待機させてあつた原告所有の貨物自動車を無断で運転して私用に供したこと、同訴外人も、如何にして乗込んだかあるいは前後の事情の認識の有無はさておき、少なくとも右島田の運転する貨物自動車に同乗していたことを認めることができ、その余の前記(イ)ないし(ホ)の各事実についても、ほぼこれを肯認することができる。乙第六八号証の二の記載及び証人緒方次義の証言のうち、右認定に反する部分は採用できず、その他右認定をくつがえすに足りる証拠はない。なお原本の存在及びその成立に争いのない乙第四八号証によれば、原告会社の就業規則第七一条には、「左の各号に該当するときは情状により譴責、謹慎、減給に処する。」として、その第三号に、「許可なくして会社又は取扱物品を持出し又は持出そうとしたとき」と、第四号に、「素行不良で事業所の秩序風紀を紊したとき」とそれぞれ掲記されており、第七二条には、「左の各号の一に該当するときは解職に処する。但し情状によりては減給、謹慎に処する。」として、その第三号に、「職務上の指示命令に不当に反抗し職場の秩序を紊し又は紊そうとしたとき」と、第七号に、「数回にわたり懲戒又は訓戒を受けたに拘らず尚改悟の見込がないとき」と、第八号に、「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたとき」とそれぞれ掲記されていることを認めることができる。
してみれば、原告の懲戒委員会に対する前記付議、諮問も、懲戒委員会における前記討議及び各懲戒委員の意見も、決して無根の事実に基くものではないのみならず、同訴外人に対する解雇をはじめとする各種懲戒処分の可否については、少なくとも論議の余地はあつたものといわねばならない。その他に、同訴外人の退職願の提出について、使用者たる原告が不当な働きかけをしたとか、その他これに類する強い影響を与えたと断定するに足りる証拠も、又原告の不当労働行為の意図が表示され又は目的とされて右合意解約に至つたものと認めさせるような証拠もない。
以上の検討によれば、右合意解約は、その余の点について判断するまでもなく、これを原告の不当労働行為であるという余地はないというべきであるので、結局本件命令は、すべて取消しを免れない。
四、よつて、原告の本訴請求は、正当であるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 江崎弥 諸江田鶴雄 伊藤邦晴)